本町通りの町屋はたいてい三つの蔵を持っている。
一つは母屋の外にある外蔵で、倉又家ではこれを奥蔵と呼んでいる。二つ目は母屋の中にある内蔵で、こちらは前蔵と呼ぶ。
そしてもう一つは、地下蔵(穴蔵)である。倉又家の場合は事務室にしている場所の床に入口がある。
一年に一度、父が重い鉄板を動かして、空気を入れ換えていた。「今日は開けてあるから落ちんなや」といわれ、怖いもの見たさで近づくと叱られた。
壁に囲われた四角い空間で、中には何もない。何処かで出火したら、店の品物を放りこみ、鉄板をかぶせて逃げるのだそうだ。
非常用の地下蔵を持つというのも、火事の多い糸魚川の町屋の知恵であろう。もちろん土蔵の三重、五重の漆喰の扉は、閉めさえすれば火を防ぐ。
私が小さい頃、曾祖母は「火事だと聞いたら、すぐ、ばあちゃんと手をつなぐんだぞ」とよくいっていた。年寄りと子どもは一緒に奥蔵へ逃げ、扉を閉めてもらって火が消えるのをじっと待つのだそうだ……そんな機会が一度もなかったのは幸いだ。暗い奥蔵は怖いと思っていたし、火の海の中で本当に助かるのだろうかと疑問だった。子どもが火に驚いてやみくもに走り出さないよう、自分の元に来いと曾祖母はいいたかったのかもしれないが。